受験にカツ!
正月明けから3月中旬までは受験シーズン。
各スーパーマーケットでは受験生を応援するべく、我が店舗でも店内各所で「受験に勝つ」関連の商品を売り込みます。単に「勝つ=カツ」の親父ギャグ的なゴロ合わせで商品をかき集めても数字には結び付きませんので、学生アルバイトたちの意見を取り入れながら、商品を選定します。
基本は本部より送られてくる販促物を使い、特売品や棚割通りに売り場を作ります。すでに年末前には、スケジュール確定と発注は済んでいるのですが、それだけだと面白くないので、本部指示で王道の品揃えをベースに、店舗のインプロとして地元に合ったタイムリーなアイデアを盛り込めたらと。
もっとも、コンビニエンスストアと違って、スーパーマーケットは受験生本人が買い物に来ることはあまり想定していないので、受験生の親の立場で考える必要はあるのですが。
夜食のカップラーメンやお菓子のほか携帯カイロなどは、シーズンを通してコーナー化していますが、生鮮部門ではシーズン中のピーク日は思い切ったコーナー化に努め、平日には単品に絞ってPOPで惹きつける工夫をするなど、こまめに変化を加えます。
売り場変更とPOPの取り付けを終え、数字を確認に事務所へ行くと、店長とお局主任が会話に花を咲かせておりました。
「店長。アタシ、今年はBGM流したいけどイイかしら」
「去年は目標までもう少しだったからなぁ。BGMかぁ。お局主任の選曲は?」
「KANの「愛は勝つ」とかどうかしら?元気出そうじゃない?」
「元気の出る曲だけど、今の受験生は知らないだろう」
「そうなの。でも、買うのは親世代だからピッタリだと思うのよ」
「確かになぁ。であれば、ユーミンはどうかな?」
「イイわね、ユーミン。受験生向けの曲なんてあったかしら」
「俺はやっぱり「ひこうき雲」だなぁ…。昔を思い出すよ」
「え?それって、荒井由実の時代でしょ?店長、今いくつなのよ?」
「違うよ…。俺の時代は松任谷由実だよ。姉の影響だよ」
「そうねぇ。歌詞より、懐かしさを感じられる曲にしようかしら」
「青春ならグループでもいいんじゃないか?」
「ジャニーズとか?光GENGIのかークン、好きだったのよ!」
「うちの嫁さんは、男闘呼組のファンだったって」
「ちょっと!渋いわねぇ。岡本クンもカッコイイのよ」
「岡本クンより高橋クンがイイっていってたな」
「え?奥さん、ホント渋いわね」
「だから、俺と結婚したんじゃないか?」
そんな、カビの生えた青春話に浸るヒマがあったら、売り場に出て、店内アナウンスで呼び込みでもしなさいよ。レジ前のエンドで、名曲「ガラスの十代」でも流す勢いですが、どのみち、著作権フリーの曲しか流せないでしょうに。
頭にカビが生える前にバックヤードへ戻ろうとすると、チェッカー主任が近づいてきて
「畜産主任。最近、夕方の青果売り場が変なんです」
「え?青果のエンドウ主任は知ってるの?」
「いえ…本人に言ったほうがいいのか迷ったんで」
「商品に問題があるなら、本人に報告したほうがいいよ」
「あ…そうじゃなくて最近、中学生のグループを頻繁に見るんです」
「青果売り場に中学生?買うものなんてあったかな」
「たぶんなんですけど…」(耳打ち)
「あ…!」
とっぷりと日が暮れた夕方。
おもむろに調味料のゴンドラの陰から青果売り場を覗いていると、品出しをしているエンドウ主任を、制服姿の女子中学生達が生花コーナーの脇から遠巻きに見ています。
「チェッカー主任が言った通り、女子中学生にモテてるのかなぁ」
エンドウ主任は別のチェッカーさんとお付き合いをしています。みんな知らないふりをしているのかもしれませんが、少なくても自分とチェッカー主任は知っているので、真実を確かめたかったようですが、夕方のピーク時にレジを離れられないので、自分にお願いしたわけですが…。
「こりゃ。彼女にバレるのも時間の問題だな」
しばらくするとエンドウ主任はバックヤードに戻り、女子中学生たちも帰ってしまいましたが、今度は1人の男子中学生がやってきました。
「男子?うわぁ。最近の中学生は進んでるなぁ」
彼も生花コーナーの脇に潜んでいましたが、エンドウ主任が出てくる気配はありません。
諦めたのか帰ろうとした彼は、つかつかと冷蔵ケースの前までやってきて、備え付けの温度計に向かって手を合わせました。
「え?」
男子中学生が立ち去った後、温度計に近づいてよくよく見ると。
「温度チェック表 管理者:エンドウ カツユキ」
カツユキ。勝って行く…合格のゲン担ぎ?
チェッカー主任の読みが外れてホッとしたものの、スーパーの青果売り場が聖地化とは。これって、本人に伝えていいものなのでしょうか。
※姓は実話と異なりますが、名前の漢字はストレートに「勝って行く」そのまま。どうやら、レジの学生アルバイトから話は広まったようです。